震災から1年を過ぎた連休の気仙沼に高校生27人を含む44名が現地ボランティアを敢行 20120502-06
つばさネットワークでは大阪市立大学・共生社会東日本大震災被災者救援・支援の会の協力を得て3回目の現地ボランティアを敢行しました。

 「がんばろう!つばさネットワーク」は大阪市立大学・共生社会東日本大震災被災者救援・支援の会(理事長 柏木宏教授)と共催で2012年5月2-6日の日程で気仙沼ボランティアを実施しました。北摂つばさ23人など4校27名の高校生を含む44名が参加しました。
(上) 気仙沼市鹿折地区 第十八共徳丸 この時点ではどうするか全く決まっていない。市街地には今も残骸が手つかずのまま残る。 2,012年5月4日

 震災から1年が過ぎ、現地では重機によるガレキの撤去が進みながらも、復興計画が確定せず、旧の市街地では、住宅や工場の基礎だけが残っている状態です。新しい建物はほとんど見られず復興にはほど遠い実態にも関わらず、西日本では被災地の報道が減り津波の体験が風化するのではないか、という懸念も考えられます。

 そこで、今回は力仕事ボランティアとともに高校生交流や被災体験の聞き取りを充実させることとしました。5月2日の夕方に約80名の高校生で阪急茨木市駅前で募金をしたあとで北摂つばさ高校を出発しました。

 しかし、大阪を過ぎた低気圧を追い越す形で、気仙沼に入った5月3日は数十年ぶりの荒れた天候となり、大雨・暴風・波浪・高潮の4つの警報が発令されていました。幸いにもこの日は特別養護老人ホーム春圃苑への挨拶に始まり、南三陸町、気仙沼鹿折地区(第十八共徳丸の視察、復興マルシェでの聞き取り)、陸前高田市街地の視察を経て、山間部にある八瀬の森で民宿という計画でした。

 暴風と大雨の中、バスの中から市街地の視察をするとともに、復興マルシェで鹿折復興市場商店会 塩田賢一会長から聞き取りを行い、花壇の作業が中止になった以外は予定通りの活動を実施しました。
 
 5月4日は大きな成果があがりました。気仙沼高校で実施した高校交流では、本吉地区4校の生徒会から31名が結集し大阪からの高校生と交流を深めました(気仙沼高校8名、気仙沼西高校12名、本吉響高校4名、志津川高校7名)。さらに気仙沼高校ダンス部の生徒28名も合流し、大阪・本吉地区の高校生だけで合計86名の交流となりました。

 8月に大阪での再会を誓って午後二時にお別れをしたときには天候も回復し、交流の後に予定されていた「おでかけマップ」の点検作業もグループ毎に別れて予定通りに行うことができました。この日、フェリーで大島に渡り休暇村気仙沼大島に宿泊しました。

 5月5日には早朝8時30分から二手に分かれて作業をしました。29人のグループは12トンの砂利を土のうに詰めて養殖イカダのアンカー(碇)を作る作業、15人のグループは高台移転の用地を造成するために雑木林を伐採して谷に雑木を廃棄する作業でした。土のう作りのメンバーは昼食後に小松博文さんからの聞き取り、さらにボートでイカダまでクルージングを体験するなど思い出に残る体験となりました。

 8月の大阪での青少年交流に向けて大阪、気仙沼の両地で高校生の関心を高めることができたと言えます。


2,012年4月24.27.と5/2の3回、
阪急茨木市駅前で募金を実施しました。
合計210名の生徒が参加しました。
(上2段と下) 気仙沼の市街地には、残骸が山のように積まれている。地盤沈下により、この時のような大雨だと冠水して水が引かない。 2,012年5月3日
(上・左)特別養護老人ホーム春圃苑での交流
施設長さんからの津波当時の話を伺う。
上の写真は春圃苑のある崖の上からの写真。
左の岩のように見えるのは堤防の残骸。
堤防がずっと延びており、その内側は遊園地、
駐車場、ホテルのあるリゾート地だった。
津波で海岸線は堤防の内側300mもえぐられた。
ホテルの残骸の一部だけが残っている。
春圃苑は崖の上にあり被害を免れた。
法定定員を大きく上回る避難所になった。

2,012年5月3日伺う
(上) 陸前高田高校の校舎と官庁街の建物。津波当時のまま残っているが大雨で近づけなかった。 2,012年5月3日 (2013年度に入ってともに撤去された)
(上・下) 気仙沼市八瀬の森の学校。東北での民家泊では、まさに東北の豊かさに触れることができる。 2,012年5月3-4日
気仙沼高校 庄子英利校長からの挨拶 2,012年5月4日 気仙沼、気仙沼西、本吉響、志津川の生徒会との交流 2,012年5月4日
つばさネットワークの活動についての掲示 2,012年5月4日 松野雅一 代表から義援金をお渡しする 2,012年5月4日
 (上・下) 気仙沼高校のダンス部との交流を終えて、庄子英利校長先生とともに記念撮影する。 2,012年5月4日
おでかけマップを更新するための情報取り活動  2,012年5月4日 店舗の移転や再開についての情報を収集する  2,012年5月4日
(上・下)気仙沼大島の国民宿舎から海岸を見ると自動車の残骸が山積みになっている。養殖イカダのアンカーを作ってイカダの復興を支援する。2,012年5月5日
津波によって家、カキの加工場、イカダ作業上などが流された跡に家の基礎だけが残る。高台移転のため、雑木を廃棄する活動で支援する。2,012年5月5日