夏の気仙沼で中学生・高校生82人を含む101名による現地ボランティアを敢行 20150717-21
写真は20150719気仙沼市階上地区の地福寺で和尚さんの話を聞き取る参加者。
つばさネットワークではユネスコスクール7校(北摂つばさ高校、春日丘高校、コリア国際学園高等部、松原高校、住吉高校、帝塚山学院泉ヶ丘高校、鶴見橋中学校)とともに日本ユネスコ協会連盟理事の坂口一美さんの協力を得て6回目の現地ボランティアを敢行しました。

小学生の震災学習に高校生が出前授業 
 毎日小学生新聞(20150226付け)に本校6期生の出前授業の様子が掲載されたこともあってか、本校生徒による出前授業についての問い合わせが、届くようになりました。今後の生徒による出前授業に注目いただければ幸いです。

夏の気仙沼現地ボランティア(20150717〜21) 参加者の募集完了(20150417)
、写真は20140724気仙沼市お魚市場前
 今回は、北摂つばさ高校だけで60名を超える生徒が応募してくれました。ユネスコスクールの他校からも希望者が年々増えており、バス2台で行くことにしました。昨今、全国各地で天変地異による災害が発生している状況に鑑みて、一泊を里山での民家宿泊、一泊を救援体験として公民館等での宿泊プログラムを組み込む計画です。参加者は事前トレーニングとして、5/27.28、7/8.9および7/17の5回の駅前募金をします。

阪急茨木市駅前募金 20150527.28 次回は7月8日9日の17:00〜08:00に実施。5/27は83名、5/28は137名が参加。写真は20150508茨木市駅前
5月27日28日の両日、2016年3月の気仙沼高校、登米高校の招待に向けて募金を実施しました。
27日は83名、28日は137名の生徒が、通行される市民の皆さんに協力を求めました。

私は、3年生になって初めて駅前募金に参加しました。今までも何度か参加しようと思ったことはあったけどなかなか予定が合わなかったり行くタイミングを逃したりでなかなか行くことが出来ませんでした。もうこのまま行くことは無いかもしれないと思っていたので行くことが出来て良かったと思います。

会場に行くとすでに100人ぐらいが参加していて数の多さにびっくりしました。その後、私は友達と募金箱とビラを持って駅の反対側の出口で立っていました。 初めは緊張して何も言うことができずただ棒立ちしていました。

でも、周りにいたつばさ生が大きな声でお願いします!と言っていたり笑顔でビラを配っているのを見てなんだか私も頑張ろうと言う気分になりました。そして私もみんなと一緒になって大きな声でお願いします!と言いました。ちょっと恥ずかしかったけどみんなとの一体感が感じられて嬉しい気持ちになりました。そばでは他の人達がひったくり防止カバーの無料取り付けをやっていて、その呼びかけの声に負けそうになりました。

でもみんなで若いのに負けてられへん!って大きな声で叫びました。そのおかげで色んな人に頑張ってと温かい声をかけてもらえてお金も入れてもらえました。終わりの時間が近づいてくるとひったくり防止カバーの人達が先に終わってこっちに近づいてきました。叫びすぎてちょっと怒られちゃうかなって思ってたら「頑張りや!」って言ってくれました。

そのおかげで最後はみんな清々しい気持ちで終えることができました。また7月に行くので、次はもっと大きな声を出してつばさ生の元気な姿を近所の人達に見せようと思います。
(3年 Yumeko)

阪大サイエンスFestival 6/6(土)13:00-14:00 阪大豊中キャンパスにて震災復興支援活動を報告
 この日は、大阪大学関係者の前で、3年生Yuriaさんがスライドを使って昨年の気仙沼ボランティアについて報告し、2年生Ryuさん、Takuyaさん、Kazutoさんが参加しての感想を報告しました。その後グループに分かれて、30分間の質疑応答に生徒が答えるということになりました。グループ討論に加わっておられた大阪大学の今岡良子教授からは「みんな、しっかり自分の考えをもってしゃべっていますね。次回8月11日のイベントにも皆さんいらっしゃって下さい」と仰っていただきました。参加した生徒は、自分たちの発表の前の「ヘイトスピーチとカウンタースピーチ」、後の「辺野古に棲むジュゴンの生態」についての報告を聞くこともでき、とても良い体験になったと思います。

 3年Yuriaさん「私はスライドを使って話したり全体をまとめたりしていました。はじめは少し緊張していたのですが、話すときにはまったく緊張しませんでした。みんなすごく真剣に聞いてくれていてよかったです。そのあとグループにわかれていろんな話をしました。幅広い方たちとお話できよかったと思います。」

市岡高校2年生に震災出前授業、2.3年生4名がプレゼン 20150625
 市岡高校が2学期に実施される東北修学旅行の事前学習として、本校生徒4名(3年Yuriaさん、2年生Ryuさん、Takuyaさん、Kazutoさん)が総合学習で35分のプレゼンを行い、Kazutoさんが生徒に分け入って10分間の質疑応答をコーディネートしました。届いた320人の感想の一部を紹介します。

 「同じ府立高校の生徒でもやってることが違いすぎるな、と思いました。震災から4年もたってだんだんと私も忘れかけたりしてたけど、まだまだ復興には時間がかかるんだなと改めて実感できました。私も、もしそういう機会があったら参加してみたいなと思いました。(Yさん。女子)」

「私はボランティア活動に興味がありました。でも、一人じゃできないと思っていて、今日の話を聞いて学校でそんなことを企画してくれるなんて良いなと思いました。簡単なことじゃないのは分かっているけど、市岡高校でもしてくれたら良いな、と思いました。(Bさん。女子)」

「自分もボランティアが大切であることは分かっていたけど、実際に映像や話を聞いて思っていたよりもずっと現実的で鳥肌が立ちました。ありがとうございました。(Kさん。女子)」
 
今後も、依頼があれば積極的に出かけて行きたいと思います。

阪急茨木市駅前募金 20150708.09 7/8は105名、7/9は94名が通行される市民の皆さんに協力を求めました。
2016年3月の気仙沼高校、登米高校の招待に向けて駅前募金を実施しました。生徒の感想です。

2015年5月27日に阪急茨木市駅前で募金活動を行いました。最初に熱中症対策のために水をもらいました。そこから先生の説明をきいてチラシをもらいました。僕はチラシ配りは二回めで緊張はしなかったのですが、全然人が来なくてチラシが減りませんでした。音楽聴いている人や自転車を乗っている人には受け取ってもらえませんでしたが、ご老人の人などにうけとってもらいました。楽しかったです。途中からチラシじゃなく募金箱を持ってしていました。お金を入れてもらえるとチラシよりも嬉しかったです。 (3年 Takuma)

気仙沼現地ボランティア 82名の高校生を含む101名が参加  20150717〜21

7月17日の20時に土砂降りの大阪から気仙沼に向かってバス2台で出発しました。7月18日朝、フェリーで大島に移動、45分の山越えでカキの養殖場に移動。そこで養殖小屋のための材木運搬をしました。その後、カキのイカダを見せてもらうクルーズをさせてもらうなど色々な体験をさせていただきました。

 7月19日は木に登って津波のとき助かった人がいた、木が人を守ってくれた、ということから、階上地区で「海辺に森を作る」活動に取り組みました。4階まで水没し、船が4階に突き刺さったという気仙沼向洋高校の校舎の残骸の見える、市街地のあった平原で植林をしました。その後、岩井崎というかつての景勝地で木に掴まって8人が助かったという現場を確認しに行きました。

 7月20日は陸前高田の被災地視察、気仙沼高校との交流をしました。

 二泊の宿泊は二班に分かれて、民泊と早稲谷鹿踊伝承館という公民館での避難所体験をしました。
 参加者は北摂つばさ、春日丘、コリア国際、松原、帝塚山学院泉ヶ丘、住吉、および鶴見橋中学の7つのユネスコスクールの生徒です。感想の一部です。

「気仙沼に行って思った事は、現地に行かないとわからないものがあるという事です。実際僕も小学生のころ東北の津波をテレビで見ていて、大阪に来なくてよかったと思っていました。気仙沼に来てすごく残酷だなと思いました。僕は、気仙沼に来てよかったです。すごくいい勉強になりました。もっともっと被災地のために協力できるようにがんばります。来年も気仙沼に行ってボランティアに行きたいです。」 (2年Setsuraさん)

20150717_ 台風11号の影響による大雨の中をバス2台で出発。この日の駅前ボランティアは朝の時点で中止を決定。
20150718 近畿地方の高温と豪雨をやり過ごし、東北地方は曇天で気温も低く快適であった。気仙沼フェリーで大島に向かう。
20150718 大島に到着後、帰りに撮影できない可能性を考慮して写真撮影をする。
20150718 写真撮影のあと、亀山を超えてカキの養殖場に向かう。片道45分の山超え。森林浴のような空気が気持ち良い。
20150718 浜辺のヤマヨ水産に到着、右のカキの加工場は2013年のボランティアで高校生が資材運搬を行った建物。
20150718 昼食のあと、資材の運搬、除草による整地に取り組む。
20150718 昼食のあと、資材の運搬、除草による整地に取り組む。奥にある木材を山の中腹まで運搬した。
20150718 人海戦術でひたすら木材を山の中腹まで運搬する。
20150718 作業の合間に、カキの養殖イカダの見学。イカダの上を歩く。
20150718 カキ養殖の極意と震災時の状況を聞かせていただき、皆、戻ってくる。
20150718 昨年と同じ位置で写真を撮影する。イカダの数が増えていくのが目に見えるようである。
20150718 フェリーにて。山の斜面が削られているのは、かさ上げの土を採取しているのか。この後は、号車別の行動となる。
20150718 1号車はプラザホテル(写真上部)で入浴のあと、早稲谷鹿踊り伝承館で救援隊体験。
20150718 救援隊体験をする早稲谷鹿踊り伝承館。当時、東京消防庁が宿営した。つばさネットワークの高校生も泊まった。
20150718 早稲谷鹿踊り伝承館。当時、つばさネットワークは自炊をしたが、今回は地元の方に依頼した弁当を食べる。
20150719 救援隊体験を終えた1号車のメンバー
20150719 前日の夜から2号車のメンバーは八瀬地区の民家に民泊した。
20150719 ホスト家族と記念撮影する2号車のメンバー。
20150719 2号車のメンバーがホスト家族と合流するのは月館小学校。メンバーとホスト家族が全員揃っての記念撮影。
20150719 この日は気仙沼市階上地区で「海辺の森をつくろう会」の活動を支援する。
20150719 松林に掴まって助かった人が少なからずおられた、ということから、参加者全員で植林活動を支援する。
20150719 自分が植えた木が大きく育ってくれたら、とみんなで取り組む。
20150719 地福寺の和尚さんから当時の様子を聞き取りさせていただく。この後、ご厚意により昼食の場所をお借りする。
20150719 感謝の気持ちを込めて、全員で掃除をした後、地福寺の和尚さんとともに、集合写真を撮影させていただく。
20150719 地福寺周りには、かつての住宅地をかさ上げすべく、築山があちこちにある。
20150719 昼食、午後の作業のあと、海岸沿いに視察に向かう。途中、慰霊碑があり、多くの方が亡くなったことが分かる。
20150719 市街地であった痕跡が見られる。家の土台が残っている。タイルをはっているところは風呂の跡とのこと。
20150719 かつては風光明媚な松林だったそうだが、いまは土のうを積んで仮設の堤防にしている。
20150719 津波の引き潮の時に、右手の木に掴まって8名の方が助かったという現場。右後ろの方向に被災した向洋高校。
20150720 2号車のメンバーは前日の晩から早稲谷鹿踊り伝承館にて救援隊体験として宿泊した。 
20150720 感謝の気持ちを込めて全員で分担して、早稲谷鹿踊り伝承館の掃除をする。 
20150720 2号車のメンバーで集合写真を撮影する。
20150720 1号車のメンバーは月館小学校でホスト家族とともに集合写真を撮影する。
20150720 この日は岩手県陸前高田市の視察と聞き取り。津波に直撃された気仙中学校。手前は土砂を運ぶベルトコンベア。
20150720 かつての道の駅・高田松原に設けられた追悼施設で黙祷を捧げてから、この日の活動をスタートする。
20150720 かつての道の駅・高田松原の建物は震災遺構として遺されることとなっている。地元の方から聞き取りをする。
20150720 地元の小学生が「夢の架け橋」と名付けたベルト・コンベアの全長は3km。奇跡の一本松が右手に見える。
20150720 復興マルシェ、海の市での昼食と買い物の後、気仙沼高校を訪問。7校の代表が挨拶。左は野球部の長根監督。
20150720 気仙沼高校の佐藤忠司先生より東日本大震災からの復興に向けての高校生への檄ともいえる報告を頂いた。
20150720 つばさネットワーク松野雅一代表、市立尼崎高校から義援金が気仙沼高校の教頭先生に手渡された。
20150720 大阪からの7校と気仙沼高校の生徒、あわせて150名によるグループ討論が行われた。
20150720 各グループでは、大阪に南海地震が来たらどうするか、気仙沼の復興に向けてのアイデア、など。
20150720 気仙沼高校の小山淳校長と大阪から中高生を引率してきていただいた先生方との集合写真。
20150720 大阪からの7校と気仙沼高校の生徒、あわせて150名による集合写真
20150720 大阪からの7校と気仙沼高校の生徒、あわせて150名による集合写真。3月に向けてのメッセージを込めている。
このあと、14時間かけて大阪に戻りました。

北摂つばさ高校の始業式で2年のManamiさんが気仙沼ボランティアの報告 20150824

 私は気仙沼ボランティアには今回が初参加なんですけど、木材運び、草抜き、苗植えなど、様々なボランティア活動をさせていただきました。普段大阪にいたらそう言う事をしないのでとても貴重な体験となりました。

 18日の夜は民泊でした。民泊先のおじいちゃんおばあちゃんは、喋り方からしてめちゃくちゃ優しかったてす。お家もでかかったです、黒猫の黒ちゃんもいました。可愛かったです。夜ご飯の手巻き寿司はお魚が新鮮やったし、おばあちゃんお手製の春雨サラダも美味しかったです。ご飯が終わってから震災当時の話をしてくれました。

 おばあちゃんは、足に傷を負った女の子の話をしてくれました。その女の子は避難場所だった市民体育館に避難しました。ところが、安全だと思われていた体育館には川の増水や津波などの大量の水が入ってきてたのです。その水が入ってくるたびんに窓ガラスは突き破られて行きました。波波ぶがつかって体育館に大きな渦ができました。多くの人々はその渦ににみこまれて、次々と体育館の外へ放り出されていきました。体育館の天井までみすかさが増してきました。そのおかげで女の子は屋上に出れる穴に近づいたのです。女の子は波に流されそうになりながら、流れてくる物にぶつかりながら、屋上に這い上がろうとしました。しかし、女の子の他にも屋上に上がろうとする人がいっぱいいたので、その人達に足を掴まれ中々上がれませんでした。やっとの思いで屋上に上がり、足を見てみると、無数の爪痕がついていたと言う話でした。わたしはその話を聞いて目頭が熱くなりました。女の子は上に上がれて助かったけど、女の子の足に傷をつけた人たちは、多分波にのまれてながられていってしまったんだろうな。って思ったら、女の子はこれからどんな思いで生きていくんやろ。傷見るたんびに思い出すんやろな。辛いやろな。って思いました。一生忘れる事のない傷を心におったんだと思います。

 20日は陸前高田市の視察に行きました。バスガイドさんが震災のことについて沢山お話をしてくださいました。津波の初めは引き波やって、川の水が全部なくなっていって、第18波まであった話。学校で避難していたけど、波が学校まで来そうやって先生の判断で山の上がって、学校は沈んだけど生徒はみんな助かった話。海辺に生えてた何本も生えていた松の木のほぼ全部が流された中、たった一本だけ生き残った、『奇跡の一本松』の話。その中でも衝撃的やった話があります。

 ほぼ全水した市民体育館で男性2名、女性1名だけ助かった話です。ほとんどの人が波のうずに飲み込まれていく中、初めは男性3人、女性1人の4人が助かっていました。その中の女性がいる場所が一番低くて、流されそうになっていました。すると、その中の男性が女性の場所を交代してくれたのです。徐々に水位が上がってきて、その男性ももう助からない状態になってしまいました。とうとうその男性も流されてしまいました。最後に、『お前らはたすかれよ。』そう言って渦に飲み込まれていきました。助かった3人はその男性の最後の言葉、声が今でも頭から離れないそうです。私はこの最後の言葉を聞いた瞬間、体がめっっっっちゃ暑くなりました。自分の危険が高まるのに、ましてや見ず知らずの 人を安全な場所にいかす事なんてできるんかなって思いました。男性もめっちゃ怖かったし、生きたかったんやろうな。って思いました。自分の命を捨ててでも他の人の命を守るその男性は本物のかっこいい人やと思いました。

 生きていること。美味しいご飯とちめたい水とあったかいお風呂とゆっくりできる家があるのはほんまに幸せなこと。鉛筆をもってやることだけが勉強やないんやなって改めて思いました。被災者の目に見えない心の傷も早く治る事を願っています。

2学期に入ると、来年度の気仙沼ボランティアの募集がはじまります。皆さんの中で迷っている人は、ぜひ申し込みをして、参加してほしいと思います。以上、Manamiでした。ありがとうございました。